第2回「心に響く…北のエピソード」入賞作品決まる
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第2回「心に響く…北のエピソード」事業が、「心に響く…北のエピソード」実行委員会(北海道印刷工業組合、(社)日本グラフィックサービス工業会北海道支部、潟Tクマ)の主催で開催され、5月1日から7月31日まで作品募集が行われ、153点の作品応募があり、1次審査、本審査と2度にわたる審査が行われ、最優秀賞・北海道知事賞1点、一般部門の優秀賞1点、佳作4点、高校生部門の佳作1点、中学生部門の優秀賞・北海道教育長賞1点、佳作2点、小学生部門の佳作1点と入選作品89点を選考し、10月30日に札幌後楽園ホテルにおいて表彰式が開催された。
この事業は、健全な日本文化を築くには、日本の文化、歴史の基盤である日本語を正しく理解し、「先人からの学習、教訓等」を学ぶことが大事であり、それは活字文化が持つ豊かな表現力が「人づくり、地域づくり」を可能にすると考え、その実現への1つとして、道民の皆様に印刷との関わりを持っていただくための活動として、表現力の豊かな日本語による「心に響く…北のエピソード作品」を北海道において募集し、表彰を行い、作品集として発表することにより道民文化の質的向上の一助にしたいと同時に活字離れを防止し、印刷文化のさらなる発展を期して、北海道ならびに北海道教育委員会の後援を受けて実施している。
また、入賞・入選作品は、作品集として取りまとめ、道内の公立図書館、公民館図書室に寄贈している。
入賞者の氏名・作品名は次のとおり。
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(受賞者) |
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(作品名) |
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(住 所) |
最優秀賞・北海道知事賞 |
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斎 藤 望 |
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オンネトーの水辺で |
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紋別市 |
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〔一般部門〕 |
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(受賞者) |
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(作品名) |
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(住 所) |
優秀賞 |
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松 本 美 穂 |
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まだ見ぬ母へ |
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豊富町 |
佳 作 |
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岡 崎 秀 子 |
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北の国から |
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旭川市 |
佳 作 |
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高 松 明日香 |
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鶴の鳴く村 |
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鶴居村 |
佳 作 |
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田 上 幸 子 |
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バスの中で |
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札幌市 |
佳 作 |
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藤 井 壽 夫 |
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プランクトンネットの思い出 |
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函館市 |
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〔高校生部門〕 |
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(受賞者) |
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(作品名) |
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(学 校) |
佳 作 |
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大 竹 正 太 |
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真夏の旅 |
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北海道札幌月寒高等学校
定時制課程・4年 |
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〔中学生部門〕 |
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(受賞者) |
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(作品名) |
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(学 校) |
優秀賞・北海道教育長賞 |
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遠 藤 知 実 |
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「当たり前」に感謝して |
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鶴居村立幌呂中学校・3年 |
佳 作 |
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岩 本 久 嗣 |
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北海道での体験 |
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函館ラ・サール中学校・3年 |
佳 作 |
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留 田 充 絵 |
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あの日を忘れない |
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鶴居村立幌呂中学校・3年 |
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〔小学生部門〕 |
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(受賞者) |
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(作品名) |
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(学 校) |
佳 作 |
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板 井 暖 |
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さっぽろドームのすごいパワー |
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札幌市立緑丘小学校・2年 |
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最優秀賞・北海道知事賞
オンネトーの水辺で
斎 藤 望(紋別市)
33年前の夏。暑い日差しの中、車は走った。――父のハンドルさばきは軽い。母は喜びの表情で息子の顔を見つめていた。
私は大学進学により北海道を離れ、最初の夏休みに帰省していた。父と母は、自分達の手を離れた息子が帰ってきたのを喜び、家族旅行を計画した。行き先は、当時、北海道の秘境と呼ばれていた「オンネトー」だった。車内では親子3人で会話が弾んでいた。
やがて、オンネトーの水面が3人の目に映った。北海道に住みながら、私達一家にとっては初めて見る景色だった。親子で水辺を歩き、水面を背景に写真を撮った。幸福に満ちた家族の表情だった。
大学を卒業し、数年後、私は地元に帰り生活する事となった。結婚をした。娘も生まれた。――娘が小学生の時に母が逝き、高校生の時に父が逝った。娘は止まらぬ涙の顔で、亡骸の横に座っていた。
その娘も大学進学の為、私達の元から離れていった。そして、初めての夏休みに私達の元に帰省してきたのだった。私は、かつての両親の心境となり、妻と娘を乗せて「オンネトー」にドライブに出かけたのだった。
暑い日差しの中、車は走る。――私のハンドルを持つ手は軽い。妻も娘も明るく、親子3人で会話が弾んだ。
やがて、湖に着いた。3人で水辺を歩き写真を撮った。
夏休みが終わりに近づいた頃、娘が私に語った。
「実は私、お父さんのアルバムの中のおじいちゃん、おばあちゃん、そして、今の私と同じ年頃のお父さんがオンネトーで一緒に撮った写真を見たことがあるの――」
私は話した。
「将来、お前が結婚し、子供が生まれ、その子が大人の仲間入りをする頃に、お父さんとお母さんも一緒にオンネトーに行き、皆、揃って水辺で写真を撮ろう」
娘は微笑み、「お願い、二人ともいつまでも元気でいてね――」と応えた。
数日後、娘が再び旅立つ時、その後ろ姿を見つめながら、妻と私は、お互いの30年後の姿を探し、固く手を握り合っていたのだった。
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